THE・GEESE尾関が深く語るブログ

2007年について語る

 しばらく更新を休んでいたのでここで区切りとして今年一年について語ってみようと思う。
「いいはなシーサー」。今年一年を振り返るとこの番組しか頭に残っていない。
いい話をビギンのボーカルのあの帽子の人が話すという単純明快な番組だ。
一番印象深いものにこんな話があった。


札幌でタクシー運転手をしている竹内紀仁さんは、この時期に
なると思い出すお客さんがいます。
それは2年前のクリスマス、雪で電車が運休となった夜、
札幌駅で乗せた一人の男性客のこと・・・。
「小樽まで行って下さい。でも、その前におもちゃ屋に寄りたい。」
出張で札幌まで来て、自宅へ帰る前に子供にクリスマス
プレゼントを買うのだろう・・・。
竹内さんは、そう思いました。
ところが、なかなかお目当てのおもちゃは見つからず、何件ものおもちゃ屋を巡りました。
やっとのことで見つけましたが、探し始めて1時間を越えていました。
車内に戻ったお客さんは、急いで携帯電話をかけはじめます。
「帰りが遅くなりそうなんだ。」
それを聞いて電話口で泣いている女の子の声・・・。
運転席にもはっきりと聞こえてきました。
と、次の瞬間、竹内さんを驚かせる出来事が。
「大丈夫、パパ今からサンタさんのソリに乗せてもらうから!大急ぎで帰るよ!!」
男性客はそう言うと、竹内さんに携帯電話を無言で差し出したのです。
竹内さんはとっさに携帯電話を受け取ると、
「メリークリスマス!パパを連れて行くから待ってるんだよ!ホーッホホッホー!!」
女の子の声が、少しだけ明るくなりました。
夜10時、無事小樽に到着。
敢えて自宅から少し離れたところに男性客を降ろしました。
「あの日、僕のタクシーはソリになったんだ・・・。」
車窓に写るクリスマスのイルミネーションが、竹内さんを一層優しい表情にさせるのでした。


 いい話だ。客からのとんでもない無茶振りに答えるタクシーの運転手。アドリブの笑いまで足すその精神。私なら、その無茶振りに憤り携帯電話を外に投げ、男性をタクシーから下ろし、何度も轢いたことだろう。
 いいはなシーサー 来年も目が話せない番組だ。そして「嫌なはなシーサー」「気分が滅入るはなシーサー」などその幅を広げてほしいものである。

 来年も皆様にとってよい年でありますように。

トコブシについて語る4

 病院を出ると目の前に大きな森が広がっていた。どうやらこの病院は深い森に囲まれているらしい。「とにかくここから離れたい」由美子はなんのためらいも無く森に飛び込んで行った。
 一本の道が奥へと伸びている。ここをたどって行けば町まで出れるかもしれない。由美子は木の根元にマツタケが生えていないか確認しながら奥へと進んで行った。
 歩いて1時間経っただろか。一向に森を抜ける気配もマツタケも無かった。由美子は考えていた。「病院の窓から見えた町にあと少しで必ず出るはずだし、マツタケはアカマツやコメツガ、ツガなどの林の地上に生えるはずだ。」と。さらに「まれにクロマツ林にも生える。梅雨頃に生える季節外れのマツタケをサマツ(早松)と呼ぶ地方もある。」とも考えていた。
 由美子の予想は外れていた。どれだけ歩いても町はおろか人の気配さえなかった。マツタケは季節ではなかった。
 4月とはいえまだ風も冷たい。その風は病院から何も羽織らず出てきた由美子の体温を容赦無く奪って行った。体力も限界にきていた。ポケットを探るとマウスピースが入っていた。マウスピースを口に含むと歯の噛み合わせが少し良くなったが状況は変わらなかった。
 由美子はその場にしゃがみこむと、現実から逃避するためにキノコに話しかけるのだった。
 
  続く

トコブシについて語る3

 「ギチギチ、ギチギチ」
虫が動いているような音で由美子は目を覚ました。時計を見るともうお昼を回っていた。枕元を見るとカブトムシのメスが由美子の枕の下にもぐろうとしていた。もう産卵の季節なのね、由美子は田舎の祖父母を思い出そうとしたが、強烈な尿意に現実に引き戻された。
 トイレに立ちながら由美子は不思議に思っていた。
 一体ここはどこなのだろう。自分はどうしたのだろう。昼だというのに院内は静まり返っていた。まるで見覚えがない病院。隣のベッドの黒木メイサと名乗る女。枕もとのカブトムシのメス。尿意。スリッパ。黒木メイサ。尿意。廊下。黒木メイサ。尿意。黒木メイサの尿意。

 気がつくと再びベッドに横になっていた。どこからどこまでが夢なのか、現実なのか。まだクラクラする頭をベッドから起こすととりあえずこの不気味な病院から抜け出すことにした。
 「やったるで」
 不思議なことに力が体のそこから沸いてくるのを感じる。
 由美子は病室から勢い良く飛び出したのだった。


 続く

「さおだけ屋はなぜ潰れないか」について語る

 少し古い本になってしまうが、皆さんはこの本を読んだことがあるだろうか。ほとんどの人は名前だけは聞いた事があるのに実は内容をよく知らないのではないか。
 私はこの本を3巻まで読んだのだがとても為になった。今まで自分は何をしていたのだろう。自分自身お金がたまるはずが無かったのもうなずける。
 
 さおだけ屋はなぜつぶれないのかー。作者はまず一つの理由として、「とても頑張る事」をあげている。さおだけ屋は日に10時間以上働く事もあるそうだ。しかも土曜隔週休みである。
 二つ目の理由としてはさおだけの仕入れ値はとても安いという事だ。スリランカなどから輸入する海外のさおだけなら一本7円くらいだ。
 日本のものでも20円しないだろう。それでも売るときは2千円〜3千円で販売している。
 そして三つ目。さおだけ屋はその知識を生かして、皆カブトムシなどの養殖をし、夏は成虫を売って生計を立てている。夏の間はさおだけ屋にとってかき入れ時なのだ。

 なるほど潰れないのももっともである。うまく仕入れ、うまく養殖し、努力までする。世間では今富裕層と貧困層の二極化に警鐘が鳴らされているがまさにさおだけ屋と私の距離はどんどん離れて行く一方だ。それをいたいほど気づかされた本であった。
 全60巻と三国志と同じボリュームではあるが皆様にもぜひ読んでいただきたい一冊である。
 

 

神と小笠原について語る

 小笠原の調子が非常に良い。巨人にFAをして入ってくる選手は大抵その重圧で潰されてしまうのだが小笠原は違う。無心なのだ。ただ純粋にバッティングのことだけを考え、自分のスタイルを流される事無く貫いている。同僚の谷にも同じことが言えるだろう。現在の巨人に昔ほどのプレッシャーがないということを差し引いてもその直向なフルスイングは我々に勇気と感動を与えてくれる。
 
 神に調子の波はない。打撃の神川上哲治にはあったかもしれないが神には無いだろう。調子という概念すらないのかもしれない。FAという概念ももちろん無いだろう。同僚に谷もいない。だからプレッシャーに潰されるという事も無いのだ。そう考えると神は我々の想像を遙に超えた存在だ。メジャーだ。どんな形であれ世界で人類が神をあがめているのも納得できる。

 神に明日こそは小笠原が広島戦で打たないようにお祈りしながら今日は横になろうと思う。